2007年11月20日火曜日

「汝自身を知れ」(グノーティ・セアウトン)


「汝自身を知れ」(グノーティ・セアウトン)

年齢をとればとるほど、多くの事柄に慣れきってしまったり、細々した日常生活の必要に追われたりして、やがて新鮮な感動などほとんど覚えなくなる。その上に、温暖化だの高齢化だの対テロ特措法など、人間を悩ませる種につきることはないから、ますます子供のような新鮮な感覚は失われてゆく。そんな最近の気ぜわしい生活のなかで、久しぶりにというか、小さな感慨に浸らせてくれたニュースがあった。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)が打上げた月周回衛星「かぐや(SELENE)」と日本放送協会(NHK)が、2007年11月7日に、月面のハイビジョン撮影に成功したそうである。37万キロの宇宙の彼方から、暗黒のなかにくっきりと浮かび上がる地球の美しい姿が、ネット上にも公開されている。
地球の出
http://space.jaxa.jp/movie/20071113_kaguya_movie01_j.html
地球の入り
http://space.jaxa.jp/movie/20071113_kaguya_movie02_j.html

映像で見れば実に小さな青い球体の上に、人類はその歴史を刻んできた。現在の科学の知見によれば、この青い球体は46億年前に太陽系の惑星として形成されたという。そして、一億年くらい前に原始的な猿が誕生し、そこから現在の人類が進化してきたという。そして、21世紀である現在は、キリスト生誕からもまだわずかに2000年ほどにしかならない。

この小さな青い球体の上に、人類はさまざまに歴史と文化文明を刻んできた。ピラミッドを造り、アレキサンダー大王は世界征服に乗り出し、ギリシャ文明は花開き、シーザーは暗殺される。近代に至ってはフランス革命やアメリカの独立があり、この百年の間に二度にわたって世界大戦もあり、多くの兵士たちがボロ屑のように死んでいった。私たちの父や母もこの惑星の上でわずか百年足らずの生涯を終え、やがてまもなく、私たちも彼らの跡を追ってゆく。個としての人間はまことにはかないものである。

それにしても、なぜ人間は、これほどにまで労力を払って、月探査機を作り、それにハイビジョンカメラまで積み込んで、宇宙から地球の姿を捉えようとするのだろうか。それは決して単なる経済的な動機にのみよるのではない。

古代ギリシャのデルフォイの神殿には「汝自身を知れ」(グノーティ・セアウトン)というアポロ神より下された神託が刻まれていたという。それが人類の宿命にもなっているからである。

ふつうには「汝自身を知れ」というと、「自分の姿をよく知って、身の程を弁えよ」とか「自分の分を弁えよ」といったことわざの意味に使われることが多い。「わがままはいけない。」「身の程知らずの目的を追求して身を滅ぼしてはならない」といった人間についてのいわゆる世知を示すものとして受け取られていた。

それを歴史的にさらに深い意味に発展させたのは、哲学史上ではソクラテスであるとされている。ソクラテスは、「汝自身を知れ」という神託によって、多くの若者や哲学者との対話のなかで、自身の無知を自覚することによって、もっとも優れた知者であるとされた。

ソクラテスの弟子には出藍の誉れ高い哲学の父プラトンがいる。さらにアリストテレスなどの先覚者たちの跡を受けて、哲学や宗教史上の多くの英才たちが、「汝自身を知れ」というデルフォイの神託の意味を営々として限りなく深めてきた。


近現代において、「汝」を「自我」と捉え、それをさらに個人の「主観的な精神」「有限な精神」として捉え直し、さらに、家族や市民社会や国家における法や道徳や人倫を「客観的精神」として、精神の必然的な発展として考察し、「汝自身を知れ」というアポロ神の神託にもっとも深く徹底的に応えたのはヘーゲルである。彼は言う。「自己を認識するように駆り立てる神とは、むしろ、精神自身の絶対的な掟そのものである。そのために精神のあらゆる働きはもっぱらに自己自身を認識することである」と。いかにも彼らしい人間観である。

地球から生命が、人間が生まれたように、自然から精神が生まれる。人間の肉体は物質であり自然に属するが、人間の自我、意識、精神は観念的な存在である。そして、この精神は、さらに芸術や宗教やさらに哲学そのものにおいて絶対的な精神として捉えられる。

人類は宇宙の創造の神秘と自分の姿を知るために、月や火星に向けて、宇宙に向けてこれからも、探査機は打上げられるだろう。しかし、また、宇宙の創造者である神に似せて造られたといわれる人間の精神を探求することによっても、絶対者、すなわち神の認識へと至ることができるのではないだろうか。それが「汝自身を知ること」「人間の真実の姿」を知ることにもつながるはずである。それらはヘーゲルの師カントを驚嘆させた二つのもの、天体に輝く星辰と、我が内なる道徳律でもある。

2007年2月24日土曜日

北東アジアの夢―――六カ国協議の遠い行方

北東アジアの夢―――六カ国協議の遠い行方


北東アジアには、中国、南北朝鮮、ロシア、それにわが日本という民族と国家が存在する。これは、ユーラシア大陸の東に何億年、何千年という歳月をかけて形成されてきた地理と自然と、その上に育まれてきた民族の歴史に由来する。その近隣関係の因縁はどうしようもない宿命のようなものである。

たった六十年前には、これらの諸国にアメリカが加わって、第二次世界大戦の一角として太平洋戦争が戦われたばかりである。

政治思想家ホッブスが、国家をレヴィアタンとかビヒモスとかの怪獣に喩えて呼んだように、これらの六カ国は、あたかも唸り声を上げてお互いを威嚇しあうレヴィアタンやビヒモスのように、みずからの生存と威光を相手に承認させるために、虚々実々の駆け引きを展開している。国家や民族の関係というのは、動物の世界と同じで、残念ながら個人の人間関係のようにモラルの面でほとんど進展はしていないのである。

今その北東アジアで朝鮮民主主義人民共和国、北朝鮮の国家体制はもっとも危機的な状況にある。そもそも歴史の大きな流れの骨格からいえば、それは、いわゆる東側の社会主義国家群の崩壊の最終過程として捉えることができる。ソ連や東ドイツその他の東欧の共産主義国家は、1991年のソ連邦崩壊にともなって軒並みに崩壊して行ったのであり、旧社会主義国で今日もなお残存しているのは現在は中国、北朝鮮、キューバくらいだろう。

これらの国は、社会主義経済のままでは国家体制の存続は危ういので、資本主義的な原理を取り入れざるをえなかった。社会主義の計画経済が破綻を招いたために、いわゆる市場主義原理を導入せざるをえなかった。しかし、その経済政策の転換に失敗して、旧社会主義諸国の中で最後の断末魔のうめきと足掻きのなかにあるのが北朝鮮である。そうした歴史的な眺望の中に現在の国際関係の姿を捉える必要があると思う。

中華人民共和国、中国は鄧小平の改革開放路線によって、政治的には共産党による一党独裁体制を堅持しながら、市場の自由化を促進せざるを得なかった。現在のところそれにかなり成功して、中国は政治的にはかろうじて社会主義体制の存続を維持している。そして、経済的により「成功している」中国が、より「危機に瀕している」兄弟国家、北朝鮮の崩壊を支えている。これが現在の北東アジアの国際情勢の客観的な構図である。そうして、北朝鮮の崩壊は直ちに中国の国家的な危機に直結する。しかし、中国の危機も北朝鮮の危機も本質的には同根である。私たちの立場からすれば、中国も、北朝鮮もその国家的な政治的な本質が社会主義にあることは同じである。

そして、今度の六カ国協議の合意で、北朝鮮が取引に使った核保有政策の根本的な目的が、みずから体制維持にあることはいうまでもない。核兵器と言う武器を手に、体制維持のための経済援助を取引しようというのである。

こうした状況にあるとき、日本のなすべき事は何か。まず、経済的な、軍事的な侵略を招かないためには、国内の軍事的、経済的な安全保障の確立を第一の絶対的な課題にしてゆかなければならない。
その方策はどのようなものであるべきか。

残念ながら日本は太平洋戦争の敗北の結果として、精神的にも、また、実際上の軍事上の能力においても、すっかり、骨抜きにされた国家、国民に成り下がっている。だから、太平洋戦争前のように最小限の自力ですら国家の防衛を果たすことはできない。日露戦争時にもまだ発展途上の貧弱な国家に過ぎなかった大日本帝国が対ロシアとの脅威に対抗するためには、英国と同盟を結ばざるをえなかったように、日本は国家防衛のために、その足りないところは、アメリカとの安全保障条約によって補い、強固にしてゆくしかない。さらには、オーストラリア、ニュージーランド、インドなどのいわゆる自由民主主義国と友好関係を深めて、協力、連携を強めてゆくことだろう。

六カ国協議の問題のより深い本質は中国問題であり、日本問題である。共産主義国家体制の中国と、自由民主主義国家体制の日本との間に存在する矛盾が問題の本質である。だから、当面の北朝鮮問題の、六カ国協議の最終的な問題の解決は、中国の民主化に待つしかない。それは長く困難に満ちた道程であるにしても、その最終目的は見据えておく必要があるだろう。

中国も北朝鮮ももちろん、自分たちこそが本当に自由で民主的な国家だと思っている。だから、問題はいずれが本当に自由で民主的かということである。それぞれの国家体制の概念が問われている。そして、真実にその概念にふさわしい国家こそが、真理として存続できる。そうでない国家は歴史の中で崩壊してゆくしかない。

そして、立憲君主国家日本の自由と民主主義の体制が、少なくとも私たちにとって絶対的であるかぎり、私たちは北朝鮮や中国に、お互いの立場の承認を求めざるをえない。

今回の六カ国協議の合意でアメリカは、明らかに北朝鮮に譲歩するという政策転換をはからなければならなかったのはなぜか。アメリカの立場からすれば、明らかに、北朝鮮問題よりもイラク問題が優先されることはいうまでもない。

極東の小国日本のようにひたすら中国の台頭や北朝鮮の核武装にかまけているだけにはゆかない。アメリカは冷戦に勝ち残った唯一の世界の大国として、世界の秩序の維持にそれなりの責任をになっている。アメリカの立場から緊急を要するのは、イラク問題であり、さらには、イランの核問題である。そして、イラクですでに手負いのライオンになったアメリカは、イラク・イランと北朝鮮の両方に対して同じ比重でかかわることができない。おそらく、イランとの戦争の危機さえ覚悟し始めたアメリカにとって、北朝鮮問題は中国の仲介による当面の安定を期するしかなかったのであろう。それによって北朝鮮の金正日体制の崩壊の危機は先延ばしにせざるをえないのである。

今のアメリカにとって切実なのは、イラク・イラン問題である。そして、そうである以上、アメリカは北朝鮮問題に本格的な力を振り向けることはできない。そして、アメリカの本格的な関与なくしては北朝鮮問題の根本的な解決は期待できない。何らかの体制的な危機は起こりうるかもかもしれないが、中国もアメリカも体制崩壊を望まない以上は、国民を苦しめながらも、基本的にはまだ現在の金正日体制が存続してゆくのだろう。

本当の危機は十数年後に、もちろん、それがいつになるか正確にはわかるはずもないが、中国の共産主義独裁体制が揺らぎ始めるときだろう。北朝鮮の崩壊があるとすれば、それは中国とともにその命運が尽きるときである。すでに、中国は1989年の天安門事件で体制的な危機に面していた。もし、あの時に反体制側の戦略が効を奏するだけのものであったなら、中国もすでにロシアや東欧と同じように民主化が実現されていたかもしれない。

しかし、人民軍の戦車の前に、中国の反体制勢力は鶏のように眠り込まされてしまった。しかし、それは今も眠り込まされているだけであって、死んでしまったわけではない。問題の真実の解決は、北朝鮮と中国の国民が自らの手で、民主化を実現するしかない。金正日の北朝鮮と共産中国がどのようにして平和裏に、生命の損失を最小限に抑えながら、その歴史的な体制変革を図るか、それが鍵になる。そこに至る過程が比較的に穏やかな道を辿るのか、あるいは、嵐に満ちたものになるか、それは分からない。

だから日本が自分たちの自由と民主主義を絶対的なものとするかぎり、経済と文化と軍事において自由と独立を確保しながら、その一方で、アメリカやその他の自由主義諸国と協力連携しながら、北朝鮮と中国の平和的な体制変革をあらゆる手段で期するしかない。

そして、やがて金正日の北朝鮮と共産主義中国の独裁国家体制が遠い過去の話しとなり、日本やアメリカのように自由で民主的な国家体制が、中国大陸と朝鮮半島に実現するときこそ、北東アジアに安定した平和が訪れるときなのだろう。

その時こそ、ユーラシア大陸を挟んで、西のヨーロッパ連合(EU)に対して、アジア連合(ASIAN UNION)が建設に着手されるときなのだろう。そうして中国人はより中国人になり、朝鮮人はより朝鮮人に、日本人はより日本人らしくなって、それぞれ民族としての特質を深めながら友好がはかられる。おそらく今世紀中には実現されるだろうが、もちろん、私たちはそのときまでは生きてはいない。


2007/02/24



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2007年1月12日金曜日

日本の内なる北朝鮮

日本の内なる北朝鮮

かって在日朝鮮人が歓喜雀躍して帰国運動に従事し、祖国再建に希望をもって北朝鮮に夢を抱いて渡っていった頃にくらべれば、もはや北朝鮮の評判は地に落ちてしまったといえる。マスコミなどから折に触れて伝えられる北朝鮮についての情報が、飢餓や脱国、拉致などについてのニュースばかりであるから無理もない。

わが国で北朝鮮への帰国運動が行なわれていた当時にあっては、社会主義体制と資本主義体制が世界を二分するいわゆる冷戦構造がまだ揺るぎもせず、まして崩壊するなどとは誰にも予想できなかった時代である。日本の国内の政治も、当時の世界のイデオロギーを反映して、社会党と自民党が国会を二分するいわゆる55年政治体制のもとにあった。

朝日新聞や岩波を中心とした「知識人」たちに、中国の文化革命や北朝鮮の千里馬運動を理想社会実現の試みとして共感し支持する者も少なくなかった。社会主義や共産主義に対する夢がまだ見られていた時代だった。学校教育の中でも、とくに日教組に属する教員のなかには共産主義者が少なくなかったし、彼らも自民党の教育行政と鋭く対立、拮抗しながら、一方で戦後の日本の教育のあり方を規定してきた。

戦後の日本は、朝鮮やドイツのように同じ民族がイデオロギーによって社会主義国家と自由主義国家に分断されることは免れたものの、同じ国内に二つの分裂国家を抱えていたようなものである。社会党や共産党と自民党が敵対的なイデオロギーで対立しながら、戦後政治を行なってきた。

公式には現在の北朝鮮は社会主義国家ということにはなっているけれども、かっての毛沢東中国と同様、その実質は封建的儒教国家とでも呼ばれるべきものだろう。そこでは国民大衆がまだ自由の意識を形成しておらず、自由な社会の上に形成された国家ではないからである。国民大衆が自由に解放されていない社会では、国家のその理論的な骨組みを社会主義に求めようが民主主義に求めようが、その実体は不自由な社会であることには変わりはないのである。

その点では、中国も朝鮮も日本もその民族的な資質という点では、類縁関係にある。いずれも儒教的な文化圏に属し、家父長的な封建体制の下に権威主義的な文化に長い間民衆が生活してきたという点では同じである。中国においては毛沢東の個人崇拝は今ではそれほど露骨ではなくなっているが、その芽はなくなってはいない。北朝鮮における個人崇拝は相変わらずである。これらの諸民族は自由についての経験も浅く、全体主義に馴染みやすい傾向をもっているといえる。

この傾向は、何も朝鮮や中国だけの話しではない。戦後は曲がりなりにも、日本では自由と民主主義を国是として運営されてきたので、それほど露骨な全体主義的な動向は見られないが、国民や民族の資質として、全体主義に馴染みやすい体質をもっていることは明らかである。

多くの自称共産主義者や社会主義者、平和主義者たちは自分たちの思想を狂信して、他者がそれ以外の信条をもつことを否定する傾向があるのもそうである。たとえば、今一部に存在する「日の丸」や「君が代」の否定論者たちは、その狂信的な、不自由な意識からすれば、彼らがひとたび強制的な権力を手にすると、現在の石原東京都知事以上の思想統制を実行するのではないだろうか。社会主義者や共産主義者が実際に国家権力を手にした諸国での歴史的な経験も、そうした事実を教えているのではないだろうか。自由を尊重する精神に欠けるという点では、右翼も左翼も同じ民族の体質として変わりはないのである。

戦後の日本国民は一応は建前としては、自由と民主主義国家に生活しているとはいえ、自由と民主主義の教育が十分に実行されてきたとはいえないし、その自由の意識が国民に十全に確立しているとも思えない。戦後の日本の教育が共産主義者の日教組と皇国史観の自民党文教族によって担われてきたために、学校教育での自由と民主主義の教育がはなはだ不十分であるという事実は自覚されていない。

民族の体質としては、全体主義の色彩を強固に残している。それは、教育や人間関係、宗教などの文化に刻印されていて、条件さえそろえば、かっての中国の文化大革命の熱狂が、再現されるようなものである。民族の体質としての全体主義的な傾向を完全に克服し切れているものではないと思う。

戦後の学校教育が自由と民主主義教育において十分にその責任を果たして来なかったことは、いわゆる有名大学の卒業生たちがオーム真理教などに対して何らの免疫力も持ちえていなかったことからも明らかである。その傾向は現在も改善されてはいない。



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